越前は日本の水仙の故郷

 平安時代、海を渡って日本に運ばれた水仙。地中海を囲む国々を故郷とする水仙が、なぜ遥か遠い東の国、日本の越前海岸に伝わったのか、その由来は今だ、定かではない。
 寒い冬が訪れると、日本海に面する福井県越前海岸には房咲きの可憐な水仙が咲き乱れる。淡路島、房総半島とともに三大群生地として知られるが、中でも丹生郡越廼村は日本水仙発祥の地といわれ、誕生にまつわる悲劇の伝説が残っている。


(越前水仙の里公園)


 越廼村では7年前、水仙を一年中楽しめるよう『越前水仙の里公園』(越前海岸国定公園)をオープンした。
 公園内の「水仙ドーム」は温度調節され、年間を通して開花したニホンスイセンを観賞できる。また同時に「水仙ミュージアム」を作り、水仙の歴史、文化、新しい品種の紹介など、水仙の情報発信基地とした。
 近くには水仙広場、郷土の現代歌人、俵万智さんの歌碑、伝説の乙女の像などもあってまさに水仙の故郷。 小高い丘陵の水仙鑑賞園に立つと、球根を運んで来たという日本海が、白い波頭を立てて迫り来て、まさに絶景である。


     『海鳴りに 耳を澄ましているような水仙の花 ひらくふるさと』  俵万智

切り花の生産も日本一の越廼村

 日本海側唯一の水仙の自生地であり、水仙観光の名所であるばかりではなく、越廼村はまた水仙の切り花生産でも日本一の生産量を誇る。
 明治初期に栽培を始めたという古い歴史を持つ生産農家はおよそ230戸、栽培面積は 70ヘクタールである。 生産は露地栽培が中心。品種はニホンスイセン一種のみであるが、楚々とした花姿ながら、芳香を放ち、日本海の厳しい季節風に耐えた強い生命力を持つ高品質の花。年末から年始にかけての迎春用花材として評価が高い。
 また、年間 220 万人にのぼる観光客が訪れるなど観光地としても脚光を浴び、観光土産としてミニ水仙の鉢植え生産にも取り組んでいる。


世界初の『水仙国際会議』

 この越廼村で平成8年、世界初の『水仙国際会議』が開催された。世界中の水仙自生地を訪ね歩いているというスペイン、イスラエルの水仙研究家、イギリスの水仙コレクターなどが招かれ、“イスラエル及び東地中海地域のナルシスス・タゼッタ”“バルセロナ植物園の水仙コレクション”“水仙属の進化傾向について”などの研究成果が発表された。

*越前水仙発祥の伝説*

 平安末期、木曽義仲が京に攻め上っている頃、越前居倉(現越廼村居倉)の長者の家に仲のよい兄弟がいた。兄は父とともに義仲の軍勢に従い、弟が留守を守っていた。ある日、弟は海に溺れていた美しい娘を助け、この娘と恋仲になった。やがて、父は戦死、兄も負傷して故郷に帰って来た。そしてこの美しい娘を好きになった。兄弟は娘をめぐって争い、海岸で決闘をする。娘は大層悲しみ、荒海に身を投げた。
 次の春、浜辺に見たこともない美しい花が流れ着いた。村人はあの娘の生まれ変わりだと噂し、海岸を見下ろす丘に植えたという。

 問合せ:越廼村水仙の里管理課 TEL0776-89-2381