赤い台地ウルル/カタ・ジュタ
森田 吟子
雨のシドニーから3時間半の直行便で、エアーズロックの空港に着いたとき、ウワー寒い、というのが第一印象。冬じゃなければとても行けないといわれる砂漠の真中だというのにシドニー(21度)と少しも変わらないなんて!
私たちの宿泊先はエアーズロック(アボリジニ語でウルル)から20キロ程のリゾートタウン内のホテル。そこまで無料のシャトルバスが出ている。ちなみに、空港からホテルまで日本人のガイド付きの出迎えまたは見送りが何と1人20ドルとか。少しでも英語が話せるというのは大得だ。以降のツアーもみな同様、私たちはレンタカーを借りて、ウルル登頂にも、サンセットもサンライズも、オルガ(別の山、アボリジニ語でカタ・ジュタ)の風の谷も二人でまわってしまった。全部ツアーにしたら、どんなに高価な旅になったか....。
(ウルルの裾野に立つ筆者)
昼過ぎ、近くのショッピングモールで車を調達し、さっそく翌朝登るつもりのウルルの下見に出かける。ところが着いてみると涼しいし、すでに何人も挑戦している。今登ってしまおうかと話がまとまり、水も帽子もなく頂上を目指す。鎖が張ってある箇所はさすがに急勾配だ。赤い山肌がすべりやすく、角度は60度位だろうか。それ以上あるように感じた。
運動不足の私は鎖のポールの数を目標に、何度も休憩が入る。従った夫はさぞ楽だったろう。鎖がなくなって、同じ位の距離の先に空が見える。そろそろ頂上と思い、降りてきた人に 「どうだった?」と声をかけた。「この先はアップダウンだからそんなにきつくないよ。あと半路かな」と。ガク然 !! そういえば、往復2時間と表示があった。水も持ってないなんてムチャだと途中で会った女性に言われたし。というわけで皆におどかされながら尾根伝いに頂上に達し、360度に広がる赤茶けた原野にカタ・ジュタをとらえ、点在するオークの木をながめ満足して下山した。
(60°はある?ウルル登山の様子)
岩山に慣れてしまえば、高所恐怖症の人を除けばずっと楽だ。ホテルヘの帰路、サンセットが美しいという場所で写真を撮っているところへ、ディンゴの夫婦がノコノコ歩いてきた。残念!フィルムがもうない。
次の朝サンライズを見るため早起きをする。日本人のツアー客でいっぱいだ。彼等はたぶん早朝登山に挑むのだろう。私たちは無料のガイドウォークに参加した。ウルルはアボリジニの人たちの聖地で、いろいろな儀式が行われたり、彼等が一時嵐を避けるための洞窟があって、そこには子供たちにサバイバル教育をした絵や、儀式の準備をした跡が見られるのだ。
(サンライズの一瞬)
午後、カタ・ジュタに向かう。風の谷7km4時間コースに挑戦する。帰途サンセットが見ら れるはずだ。ここは岩山ハイキングコースといった様相で、ウルルよりきつくないが、ウルル以上にハエが多い。うっかりすると、口にも鼻にも目にも耳にもハエが飛び込んでくる。常に20匹位のハエを背に負って歩いているといった具合で、ふっと鼻に入った小さなハエを息と共に呑み込んでしまうというハプニングも。結局こちらは1時間40分程でこなしてしまい、サンセットを待つよりビールをとホテルへまっしぐら。夕食はパイオニアホテルの野外レストランで肉を買い、勝手に鉄板で焼いてバーベキュー。ビール、ワインとフリーのサラダとパンで、締めて3千円程。しかもディナーショー付き。夜 空のミルキーウェイがみごとだ。南十字星はもちろんだが、オリオン座が見えるのは珍らしいと夫。
(うしろにみえるのがカタ・ジュタ)
翌日、1時半の出発時間まで、アリス・スプリングスに向け車を走らせることにした。ところが、行けども行けども赤茶けた荒野で日陰ひとつなく、景色も変わらない。強いて変化を求めようとすれば砂丘にできるのと同じ、赤い色の風紋を楽しむぐらい。一つ目の街まで行って引き返そうと100km以上走ったところで、マウント・コナーが見えてきた。まるで石切場のように真平らで印象的な山だ。
(石切場のようなMt.コナー)
よいきっかけが出来て、そこから空港まで戻り、私たちの旅も終わった。オーストラリアに いると車から車で体をつかうことが少ない分今回の旅は充実した気分を味わえたのかも知れない。
森 田 吟 子
オーストラリアがすっかり気に入り、一時は永住権を取ろうとしたことも。 ご夫君が日本国内へ転勤のため、現在シドニーで独身(?)生活。週2回の木彫教室主宰、昼食宅配ボランティアのほか、ヨガ、釣、ゴルフなどでオーストラリア暮らしを満喫している。